体臭が気になることで起こること

体臭が気になりひどくなると、、、

自分のニオイが、臭くて嫌になる…
人に迷惑をかけていると思うし、ニオイが気になって集中できない。
自分も昔、そうでした。

満員電車の中でギュウギュウ詰めで登校し既に汗だくに。
毎日、外で30分朝礼のある学校で朝一からさらに汗だくに。
汗だくになる機会が多すぎてニオイが必然的に気になってしまっていました。
それからは簡単です。
対処していくようになりました。
まずは、着替えの下着を持っていくこと。
服にニオイが染み付くのと汗でべちゃべちゃになるのが
気持ち悪いので朝礼が終われば着替えていました。
それではニオイが取れているとも思えず…
次に使ったのは制汗スプレーです。
しかしながら思ったような効果が出ず…あとは芋づる式でした。
あれもこれも、と次々に効果があると思われる商品を購入しては使用を繰り返してました。
そこで終わればいいのですが、そうは行きません。
ただただ、ニオイが気になり勉強に集中できません。
自分自身でもニオイがするし、他人に迷惑がかかっていると思うと居ても立っても居られません。
教室のその場に存在していることが、すべて迷惑だと自分を追い込むようになっていきました。
最終的には人間不信に陥ります。
その中身を伝えていきます。
ここに関わってくるものは心理学のパブロフの犬と精神疾患です。
まず、ニオイが自分でしているのに気づくのはあり得ますが、
他人が自分のニオイで苦しんでいると思ったのは何故でしょうか?
他人に指摘されたから?
他人の心を読めるとか!?
どちらも違います。
それは、自分の近くに来た時には咳き込まれるということです。
はっ?と思われたかもしれません。
しかし、そう考えていたのは事実です。
想像してみてください、ものすごく臭いものを嗅いだ時のことを。
吐き気もするかもしれませんが、咳込むんです。
テレビ番組でもそういったシーンは多々ありました。
そういった経験の中で、自分の中では自分のニオイが臭いから他人が近くに来た時に
ニオイを嗅いで咳込んでいると考えていました。
たしかに、そのつながりは今でも正しいと思います。
しかしながら、冬場だとどうでしょうか?
風邪引いていれば咳くらいでますよね?
だから、それは自分のニオイが漂ってそのニオイで引き起こされた咳ではないはずです。
ましてや、教室中を自分のニオイが充満していることなんてありえないと思います。
ですが、自分では自分のニオイがあんなところまで漂ってしまい咳込んでいるんだと思いました。
もうそうなれば、満員電車も朝礼も、教室にいることさえも苦痛です。
後々、気がつきましたが、これは心理学で言うパブロフの犬の現象でした。
これは、犬にエサを与える時に同時にベルを鳴らすというものです。
すると、繰り返されるうちにベルが鳴るだけで
犬はエサがもらえると勘違いしてヨダレを垂らすようになります。
このような結びつきが生まれてしまいます。
自分が苦しんだ、体臭はどうでしょうか?
はじめは自分でニオイを感じただけですが、それに咳が入るとどうでしょう。
咳込まれることが繰り返されることで、
ニオイがすることと咳込むことの2つの出来事が結びついてしまいました。
あとは、ニオイが実際になくても咳込まれるだけで、
ニオイが漂ってるんだ…あんなとこまで届いてるんだ…と、
あたかも自分のニオイが空間を支配してるような錯覚が生じます。
このあとは、お分かりだと思います。
今まではニオイが気になってニオイがした時だけ嫌だなと思っていたことが、
やがて自分で考えないようにしていても咳という他人の行動だけですべてを思い出すことになります。
そこに距離は関係ありません。
これが、パブロフの犬の現象です。
一方で、ニオイが消せるのではないか、という希望を抱きます。
そして、消臭グッズを買い漁ります。
制汗スプレー、消臭クリーム、消臭下着…商品をあげればキリがありません。
しかしここにも、カラクリがありました。これを使えばニオイが消えるかもという、
かすかな希望を抱き、商品が届くまでワクワクして過ごし、使用して効果がなく落胆する…
ネットでは、いろんな商品があると思います。
それに期待して、信じて買っていたわけですが、効果が出たものはありませんでした。
そうです、ネットには嘘が蔓延していたのです。
お金を稼ぐことしか考えていない人ばかりがネットには住み着いています。
ニオイが消えます、だからこの商品を…そうやって、期待と裏切りを繰り返されることで、
やがて人間不信へと陥ってしまったのです。
そして、信じるべき人を信じることができず、信じなくていい人を信じてしまうことになりました。
家族や親戚にニオイのことで相談しました。
しかしながら、そんなのしないとのこと。安心したかったですが、安心できません。
なぜなら、外では咳込まれるのですから。
身内の言葉を信じられず、外の人の咳でニオイがあるという事実を信じる…妙な関係性だと思います。
ですが、信じるべき人を信じることができず、信じなくてもいい事実を信じてしまいました。

他人=咳=ニオイがする
身内=咳なし=ニオイはしない

自分の中にできてしまった持論を断ち切れなかった…
こうやって、咳によって苦しめられていきました。
いつでも、ニオイがするのではないか、咳をされたらどうしよう…その不安との闘いでした。
自分の中にある考えを断ち切ることに長い年月を要しました。
5年近く苦しんだと思います。

体臭の匂いだけが原因ではない

自分の場合は長い闘いを強いられました。
しかし、導き出した結果として得たものがあります。
ニオイの対策にはしっかり汚れを落とすこと、ニオイを香りで隠さないことです。
普通のボディーソープで洗い、制汗スプレーを使っていました。
これでは地獄です。
しっかり、菌を落とせていないだけでなく、体臭と制汗スプレーの香りが混ざり悪臭を放ちます。
自分が乗り越えた時には薬用の成分の入ったボディーソープと
銀イオンの無香料の制汗スプレーで対処してました。
これが当時では最高の組み合わせだったと自負しております。
洗う、無香料の制汗スプレー、そして、着替え。
これを徹底しました。
しかし、万全の状態でいても気になります。
なぜなら、咳という敵がいるからです。
ここから考えました。
自分が苦しんだことを人の役に立つために何か残したい、
考えの法則なども知って欲しいということで、毎日日記を書き記しました。
もちろん、自分のメンタルの状態を正確に記したものです。
これを続けるうちに自分のメンタルが今どういった状態にいるのか把握できるとともに、
何が原因でニオイに悩むのかを分析していきました。
その結果、誤った認識を否定することは、他人の言葉ではありませんでした。
最終的には、自分の言葉、そして、自分の意思だったのです。
それに気付くまで多大なる時間を要しましたが、
日記とともに現状把握することで、誤った認識を打ち消すことに成功するのです。
遠くの席の人がする咳は、自分のニオイが原因ではないということ。
近くの方の咳は自分が原因かもしれませんが、それは仕方ないと割り切りました。
だから、学校での席は一番後ろ、あるいは、自分の後ろに人が座れない場所に座るよう心がけました。
なにより、自分に必要だったことは人間の生活に慣れることです。大げさですが、
人がいる空間に自分が何気なく存在することが難しい状態だったのです。
時間をゆっくり使い、その場にいる状態に慣れることに重きを置きました。
そして、気づきました。
他人に人生を左右されるのは、しんどい。
そんなことはやめにしよう、と。
周りの状況を気にしすぎて自分を捨てる行動は取るべきではないし、
他人に自分の人生を左右されるのも気にくわない。
そんな思いを育みました。
もちろん、ニオイの対策を怠った訳ではありません。
そこについても、全力で取り組んでいました。
自分のできることは全力でした、どう反応するかは、周り次第。そんな気持ちで毎日を過ごしました。
多大なる迷惑をかけたこともあるかもしれません。
双方にとって不利益しかなかったかもしれませんが、薬剤師となった今、できることがあります。
薬剤師としての知識と考え方から導き出した理論から体臭にいいものを紹介したらどうかということです。
同じ悩みを持った方に自分と同じように苦しんでほしくないんです。
自分が体臭で悩み苦しんだことは大きな気づきを与えてくれました。
体臭がするのは、不潔であることとは関係ないこと。
潔癖に近いほどの自分だったのでお風呂は夜に入り、
朝はシャワーを浴びるという日々を過ごしていました。
これが、数日に一回お風呂に入り体臭がするのであれば、原因はすぐに特定できます。
しかし、1日2回洗っていたのです。
汚れをしっかり落とし、無香料の銀イオンの制汗スプレーを使い外出してました。
着替えも常備していたので、汗をかけば着替えもしてました。
無香料の汗拭きシートも同時に使用してました。
おそらく、体臭がしないのであれば、ここまで徹底していないと思います。
ただ、当時の自分は考えられる原因を一つでも消したかった。
そうすることで体臭が改善されることを望んでいました。
ある意味、完璧主義者です。
現状に満足せず、常に問題を探し続ける。
見つければ、それに対する対処を徹底する。
ニオイではなく別のことに、このベクトルが向かっていればよかったと今でも思う時があります。
ですが、今、生きているので、その経験は糧となっています。
当時は周りが見えずニオイのことで頭がいっぱいでした。
そうです、それしか考えられない頭になっていたのです。
一つのことに固執し、苦しむ。
もしかすると、自分のニオイを嗅ぐことで周りにも迷惑をかけているという思い違いで、
すべてがはじまったのかもしれないのです。
そうです、自分の考え方そのものが自分を苦しめた可能性があるということです。
ねじ曲がった考え方はさまざまなことに波及します。
自分と関わらない方がいいのではないか、と他人をも拒絶し自らを孤独へと誘うことになったのです。
体臭はニオイだけが原因で悩むものではないということです。
自分が自分の嫌なニオイを認識して、あらゆる考え方をしていくことで悩みは増大し、
自分を追い込むことになる。
自分が経験して思うことは、体臭で悩み続けて苦しんでいる人は
メンタルにも甚大な負の影響を受けてしまい、
まともな考え方ができないようになっているのではないかということです。
体臭に対する最高の対策をしたとしても、なお悩み続けてしまうというのであれば、
かなりメンタルがやられてしまっています。
ニオイの対策をし続けて自分を安心させながら、普段の生活になれて、
体臭で悩む前の元気な自分に戻れるように心掛ける必要があります。