体臭でひきこもり考えたこと

体臭を異常に考えるのは優しい人

自分がニオイで悩みだしたのは高校三年生の時でした。
男子校でもあったため学校には女性はほぼいません。
男は丈夫と意味のわからない理屈からニオイで咳込んでも丈夫だから大丈夫なのでは、
という謎の考えがありました。
しかし、どうでしょうか。
毎日の朝礼で自分の周りにいる人は自分の体臭にさらされます。
そして、咳込みます。
もしかすると、その人は毎日の朝礼がニオイで憂鬱になっていたかもしれません。
丈夫というのは身体のことで、メンタルまで丈夫であるとは限らないことを知りました。
いや、周りの反応から察しました。
辛いですよね。
毎日、嫌なニオイを嗅がないといけないのは。
さらに、根底にあった考えがくつがえります。
周囲の人の咳込みが激しいため病院に行ったようで、肺炎かもしれないと言ってました。
そうです、男でも丈夫ではなかったのです。
自分のなかでは、こうなりました。
自分の体臭が周囲の人の咳を引き起こす。
そして、咳をし続けると肺炎にまで至る、という過程が生じました。
もしかすると、ただの夏風邪が長引き咳をし続け、肺炎の疑いがあっただけかもしれません。
しかし、自分の中にできた新たな考えが自分自身を追い込みます。
男は別に丈夫ではない、病気になる。
そして、病気に追い込んだのは、まさかの自分の体臭という謎の方程式を構築してしまいました。
この方程式は、ますます自分を追い込みます。
席替えなどで周囲の人が変わるたびに気をつけなくてはいけません。
この消臭スプレーがいいのか、制汗剤がいいのか、
一から確かめてより負担の少なそうなものを選択します。
そうです、周囲の人に自分を合わせていったのです。
それでも、やはりベストな答えは見つかりません。
なぜなら、ニオイはゼロにはならないからです。
体臭をゼロにする方法を探し続けました。
次第に勉強に集中できなくなり、頭の中は体臭・ニオイのことでいっぱいになりました。
ここまで1つのことに真剣になったことは人生で初めてでした。
あらゆるアイテム・原因を探し求め、対策を繰り返す。
希望を抱き、絶望を繰り返す。
負の連鎖であり、悪夢でした。
ただ、今になって思うことは、探求・調査・改善の繰り返しは
人生でかけがえのない方程式であったと思います。
この時には気づく余地もありません。
当時は、自分が存在しなければ、周囲の人は喜ぶのではないか。
迷惑をかけなくて済むのではないかと、考えるようになります。
自分は学校に行き、終始ニオイで悩み考え続ける、でも、周りは受験勉強なので真剣に勉強してる。
その温度差も自分には痛かったです。
ほんとにいない方が役に立つのではないかと思っていました。
この時に自分のメンタルは限界を迎えます。
そして、学校をやめようという考えにいたりました。
その時に破れかぶれでいい、担任に打ち明けました。

『体臭で悩んでて毎日苦しいです、学校に来るのも辛いです。』

その時の担任の言葉は今でも忘れていません。

『ニオイのことを言う奴がいたら、俺が何とかしたるから言いに来い、大丈夫や!』

凄まじい安心感を覚えました。
他人に迷惑をかけるから、自分の行動を規制しました。
家族にも親戚にも聞きました、体臭のことを。
しかし、答えは同じです、におわないと。
自分が求めたのは、ニオイという問題に対する答えだったのですが、それでは納得ができなかったのです。
身内の答えと他人の答えが一致しなかったからです。
自分が担任に相談して得た答えは、問題を解決する答えではありませんでした。
自分が持っているニオイの問題ではなく、
不安という問題に対する安心感という答えを導いてくれたのです。
この一言で自分は高校を休むことなく登校できたのでした。
休むことなく無傷で高校を卒業し、薬学部のある大学に進学しました。
環境が変われば状況が変わる、その可能性に希望を抱いていた自分ですが、
大学に入学し講義が始まっても自分の心はニオイにしか注目していません。
そして、悪夢は再来しました。
気分一掃で新生活が始まっていたはずが、
やはり、周囲の反応が気になりすぎて苦しみました。
それに、今度は共学です。
男だけでなく女性もいます、か弱い女性です。
自分の体臭で咳混んで体調が悪くなるのを恐れていました。
自分の心が崩れ去るのは一瞬でした。
女性が咳込む、自分のことを言う、とにかく話す言葉が
すべて自分に向けられているかのような錯覚に陥り、
言葉の刃は自分に突き刺さり、切り刻みました。
それからは単純です。
家から出られなくなりました。
そうです、大学は休みだしました。
学校を休み続けるという経験は人生で初でした。
大学からは連絡が来るものの、電話には出ませんでした。
正確には出られませんでした。
なぜなら、何を話したらいいか、わからなかったからです。
自分の体臭のことを話したところで、わかってもらえない。
なのに、説明しないといけない苦痛があったからです。
そのまま、休み続けると親に連絡がいきました。
そして、大学に通っていないことが発覚しました。
自分には悪気がありません。
家族が、におわないと言ったとしても自分が苦しみ続けていることは事実だからです。
もう、やる気どころか生きる気力もありませんでした。
その状況で大学に数日、残りの気力をふりしぼって通いましたが、
結果はお分かりの通り、すぐに力尽きました。
休学です。
新しいことを学べるチャンスなので楽しみもありましたが、それどころではありません。
勉強に集中できなかったのです。
凄まじい好奇心よりも勝る不安感が自分には存在し不動の地位を築いてしまっていたのです。
休学は半期分でした。
その間は家で待機してました。
この間も思考に鈍りはありません。
ニオイについて考えていました。
ただ、1人でいると苦しむ必要がありません。
なぜなら朝晩お風呂に入り清潔にし、大幅な活動をしない分、ストレスもかからず汗もかきません。
自分で自分のニオイを感じることも少なくなり、周囲の咳で苦しむこともないのです。
自宅待機していて本を読むようになりました。
本を読むこと自体、苦痛でしたが、それを克服したいこともありゲームで馴染みのあるストーリーを小説で読むことに決め読み始めました。
これには訳があります。
大学に戻ったにしても、
これからさまざまなことを学ぶ上で活字から逃れることができないと悟っていたからです。
活字になれることは学ぶことの大きな助けになると踏んでいました。
物語の楽しみを覚え、それを作る楽しみにも気がつきました。
そうです、自分の中には、すでにあったのです。
体臭について悩むことは、その原因から道筋を立てた仮説に対する対策をしていき結果を導き、ダメな点を考え改善して対策を繰り返す。
この過程自体が物語を作るということに非常に似ていたのです。
物語を作る楽しみを覚えることは、体臭で悩むことを解決する手助けになりました。
なぜなら、問題に対する解決法を探すという漠然とした考え方から、
解決というゴールから解決法を作り上げていくという道筋が整った考え方にシフトしたからです。
今までゴールが見えず、さまざまな方向へ向かって走り続けました。
しかし、ゴールが定まれば単純です。
短期的に攻略できる簡易的なゴールをいくつも用意して少しずつそれを達していけばいいからです。
まず、休学して自宅待機している自分に限られた時間は
半年しかないということを自覚することから始めました。
悪夢が再来する、という恐怖・不安ではなく何事もなく自分は大学に通うことができ、
まずは薬剤師となっていることをイメージしました。
薬学部に通う最大の目的は薬剤師免許を取得することにあったので、
そのゴールはしっかり持つようにしました。
その後は、自分が快適に通うためにどうすればいいのか、というゴール設定を複数考えていきました。
体臭で悩むということは、辛いことです。
しかし、この悩みは誰でもない自分しか体験していない貴重なものであることを自覚しました。
そして、何が自分を苦しめているのかキーワードを探していきました。
汗、緊張、制汗剤、石鹸、咳込み…キーワードは単純です。
後は、1番苦しむ原因になる咳込みに対する耐性を確保することから開始しました。
テレビを何気なく見ていると番組に出演していた方が咳払いや咳込んでいる音が聞こえてきます。
自分の認識が乱れている状態では、自分の体臭が届いてるというような、
ありえない考えが頭に流れていると自覚し、それを否定しました。
当たり前です。
テレビの前にいるのに番組に出演している方にニオイが届くはずがありません。
なにより、番組は収録されているので時間軸的には過去の映像です。
現在の影響が過去に及ぶということはあり得ないので否定することは安易でした。
そうです、苦しんでいた咳込みのカラクリを紐解き一つ一つ段階を踏んで
耐性を獲得することに時間を費やしていったのです。
また、ある時は人混みの会場に出向いて着席しました。
もちろん、1人で出向くことはできなかったため身内とともにでかけました。
すると、自分の体臭が届くはずもない距離からの咳込みが聞こえるではありませんか。
初めは、体臭が漂っているのかと思いましたが、
その仮説が正しければ至近距離にいる方は咳込みでは済まず
嘔吐なり気分を害するので退出するでしょう。
しかしながら、そんなことはありませんでした。
このようなことを繰り返し訓練して自分の考えを改め、恐怖・不安に対する耐性を強化していったのです。
そうこうしているうちに、自分の中では現状できる最大限の
体臭に対する対策と考え方を発揮できるようになっていました。
ただ、1つ不安はありました。
同世代の中に入った時にどうなるのか、ということについては検証できていなかったのです。
その不安を抱えたまま、タイムリミットを迎えてしまうのでした。
休学していたので、すべての講義で出席番号前後が先頭付近になり、
1番端という最高のコンディションでスタートを切ることができました。
端なので全面を人に囲まれることはありません。
そのため注意するのは自分の真後ろのみ。
それほどにまで耐性が出来上がっていたのです。
同世代の中に入ったとしても繰り返し耐性を獲得してきた環境下と同じでした。
後は、誤認識をすることなく過ごせばよかった、そのはずでした。
しかしながら、予想は大きく外れます。
やはり、自分のことを言っているように聞こえてしまうのです。
1番後ろに座ることさえ怖くなっていたので、端に座ることに専念しました。
そして、新たなゴールを設定しました。それは、孤独から脱出することです。
1人でいるとありもしないことで、考えを巡らせて悩みだします。
その過程を断ち切るために1人話すことができる人を作りました。
このゴールを決め達成することで自分の悪いサイクルをある程度、断ち切れました。
休学をする前に学部長と学科長にも会って事情を説明していました。
もちろん、迷惑をかけてしまうということです。その時、学科長に言われたことがありました。

『こちら側にも迷惑をかかることを考えるように』

この一言で自分の言葉足らずも思い知りましたが、この人は今しか見れないと気づきました。
この言葉は納得できませんでした。
それは今でも、です。
ほんとに悪臭なら周りにひどい迷惑をかけます。
勉強どころではなくなり、効率を落とします。
その日々が続けば、試験の点も悪くなり単位を落とすかもしれない、
さらに、国家試験の合格率も下げるかもしれない。
たった今の迷惑だけでなく、長いスパンでの結果を見据えていたからです。
それは、間違いではないと思いますし、それが実現してしまえば生きる気力は間違いなく底をつきます。
それだけは打ち消したかったのです。体臭での迷惑は最小限にとどめる策は講じました。
あとは、そんな自分を受け入れる人、あるいはほんとに感じない人と関わるという謎ルールを作りつつあったのです。
初めに話ができるようになった人はニオイを認識できない人でした。
話すこともあまりしない人だったので、自分が話題を振る日々を過ごしました。
そうしているうちに、身内以外で久しぶりに話を繰り返すことで
コミュニケーションの取り方の感覚も取り戻せました。
今でも感謝してます。
もし、出会えていなかったら、今薬剤師になっていなかったと思えるからです。
その人が社交的ではなかったこともあり、そのつながりだけに集中しました。
半年もしないうちに自信を取り戻し、少しずつ話す人を増やすことにしました。
まずは、単独でいる人を中心に増やしていきました。
なぜなら、輪ができない分、自分と一対一の対話がしっかりできるからです。
自分意見もはっきり言えますし、相手のことも理解しやすいと踏んでいたからです。
しかしながら、薬学部は聞く講義だけではありません。
実習もあります。
この実習が始まりだすと嫌だと感じる人、
つまり体臭のことを言ってると思う人とも関わらなくてはなりません。
もしかすると、体臭のことを気にするあまり自分の行動がおかしくて陰口を言われていたのかもしれません。
ここで、薬学部に通うことをやめてしまえば、
おそらく二度と薬剤師への道を歩むことはないだろうと思いました。
今年、留年でもすれば、退学処分になります。もう、破れかぶれでも前に進むしかなかったのです。
後ろに倒れるより前に倒れる方がいいと心に決めていたので、それに向かい進むのみでした。
実習をしているうちに話せる人が増えていきます。
ただ、めいっぱい仲良くなることにはブレーキをかけていたと思います。
まだ、迷惑をかけている自分が人生を楽しむ資格はないという謎の考えがあったからです。
もちろん、自分とともに過ごす人にも申し訳なく思っていたのは事実です。
一緒にいることで不幸にしている可能性を感じていたからです。
ただ、相手がそう思えば、自分から去るでしょう。
それが怖かった…だから、大勢には話しかけれなかったです。
また、不安が募ってしまうと考えていたからです。
話せる人が増えてもなかなか話せません。
ブレーキがあるからです。
ニオイのことを聞くことも勇気がいります。
その勇気はある程度、仲がよくならないと聞くことができない問いでした。
ある時には気がつきます。
自分の聞きたいことを言う勇気を使うより、
自分と接して相手がよかったと思える行動を取る勇気を出した方がいいと思ったのです。
そして、ふと思い出した言葉がありました。

『ニオイをゼロにすることはできない。』

そう医師に言われたことがありました。体臭専門の医師ではありません。
しかし、体臭のことで受診をして相談しました。その時に言われた言葉です。
聞いた時には医師でも治せないのか、と絶望したことを覚えてます。
しかし、思い出した時には違う考えでした。
ニオイという不安をゼロにすることはできない、
でも少なからずゼロに近づけることはできるということを理解できました。
つまり、体臭以外でも不安があれば、そればかり気になってしまうでしょう。
そして、その不安をゼロにして消したくなります。
実際はそんなことは不可能でゼロにしなくてもいいんです。
不安ばかりに気を取られていなければ、それでいいんです。
その真実に気がつくのに多大な時間を要してしまいました。
自分には完全主義である気があったのかもしれません。
しかし、それを取り除いてくれる1つの出来事になったのです。

体臭を減らすことはできたのでしょうか?

自分でできる、さまざまな対策はしました。
万全の状態で大学にも通っていました。
自分が気づいた真実

『どんな不安でもゼロにはできない』

これは大きな強さを与えてくれたのです。
そうです、自分は体臭で悩みましたが他の方は別の悩みを抱えながら生きています。
体臭で悩む自分はなぜ自分だけが苦しまないといけない、こんな悩みを持たなくてはいけない、と考えていましたが、実際は誰もが悩みもあり、不安もあります。
ほんとに周りのことを考えているようで全然考えることができていなかったのです。
一度、生きることを諦めた自分ですが幸い生き残れました。
自分の中では常にロスタイムがまだ残っていると考えています。
サッカーで無駄に使用した時間を補うためにアディショナルタイムがありますが、前までロスタイムでした。
なので、自分はロスタイムと思っています。
ロスタイムは、そんなに長いものではありません。
なぜなら、いつどんなことが起こり、人生が終わってしまうか誰にもわかりません。
だからこそ、全力で自分にできることをしようと思いました。
体臭対策を全力でしたように、他人に喜んでもらえることは全力でしたいと思って過ごしています。
今まで散々迷惑をかけながら生きてきたと思っています。
なので、今度は他人の役に立ち生きて生きたいと強く思いました。
ところで、体臭はどうなったのでしょうか?
体臭のことを目の前で指摘されたことはありません。
ただ、陰口のようなことは言われていたと思います。
今までなら、その方とは関わりたくなかった。
でも、そんな制約を自分に課して人生を縛り付けたくなかった。
だからこそ、そんな方の役にも立てるように行動していきました。
できることを少しずつです。
そうしているうちに、体臭のことを言われている様子はなくなりました。
そしていつしか、自分は体臭という壁を張って周りとの接点を
消してしまっているという考えにたどり着いたのです。
体臭の不安はゼロにはなっていませんが、
頭の中が体臭でいっぱいになることは少しずつ減っていきました。
体臭の不安も少しはあるので日々のケアは忘れません。
なにより、体臭を盾に閉じこもるのをやめることに全力を注ぐことに決めました。
ただ、人見知りなので少しずつ話せる人を増やしていくようにしました。
最終課題は人の役に立ち続けること、その目的を果たすために全力で生き続けると決めたのです。
この考え・生き方が危険であるということは、この時の自分には知る術はありませんでした。
やがて月日は流れ、薬剤師として働くことになりました。
いつしか、しっかり洗うということしかしなくなるほど、体臭への不安は綺麗に流れていきました。
しかし、ゼロではないため今でも毎日朝晩お風呂に入っています。
夜は湯船に浸かり、朝はシャワーを浴びます。洗剤を使って朝晩洗います。
そこの点に関しては今でも徹底しています。
ただ、制汗スプレーは使わなくなりました。
ニオイを抑えると宣伝している柔軟剤や洗剤も使っていません。
制汗スプレーは皮膚にバリアを張ることで、ニオイも放出しませんが、
老廃物も放出しなくなるのではないか、という考えがあります。
老廃物はしっかり出さなければ、毛穴も詰まり悪臭にさらに磨きがかかります。
なので、出すものは、しっかり出す。
その考えのもと、制汗スプレーは使いません。
香り付きなどはダメです。
体臭とニオイが混ざりあらたな悪臭が生まれます。
今の時代、ニオイはあるよりないというのが好まれる傾向があるため、香り付きも避けるべきなのです。
しかし無香料でも老廃物がしっかりでないので使いません。
衣服に関しても同じです。汚れをしっかり落とさなければなりません。
そして、無駄な香りは足しません。自分は香りなしのものを使っています。
洗濯は汚れを落とすためにするものであるという考えが芽生えたからです。
汚れ落しついでに香りも…この考えで失敗しているので香りは足しません。
なので、自分から出ているのは体臭と体を洗う洗剤の香りだけです。
無駄に香りを足すと、やはりダメなのです。
悪臭を生んでしまうんです。
もう、自分と同じように体臭で悩み苦しむ人を生みたくありません。
自分の情報が役に立つのであれば、ぜひ活用して欲しいです。
ただ、商品だけを売るサイト。
嘘のような口コミを信じて裏切られる日々、辛いです。
体臭で悩み続ける日々も辛すぎます。
行動に制限を知らずのうちにかけてしまいます。
そんなことをしなくても、自分らしく過ごせていけるんです。
最高の対策ができれば、あとは心に余裕が出てきます。
自信も出てきます。
そして、不安は小さくなります。
自分は不安を直接消すことはできないかもしれません。
しかしながら、このサイトを通して体臭の悩みを解消し、不安を抑えることがらできる思います。
同じ体臭という悩みを持つ方々へ、できる薬剤師としての最初の取り組みです。